「スザク。先程からこっちを覗いている彼は誰だ?見たところブリタニア人のようだけど…」
物影から金髪の頭をちょこんと覗かせ怯えたようにこちらを窺っている。
「あぁ、アイツ?何か父さんのしょうだん相手の子供らしいんだけどさ…。チビでいっつもびくびくしちゃってさ!相手してらんねーよ!」
スザクはちらっと彼の方を見てイラついたようにそう吐き捨てた。
「君、こっちにおいでよ。」
「おいッ!ルルーシュ!」
ルルーシュは物影に隠れてしまった彼に向かって優しく声をかける。
「スザク…君が野蛮人だから彼は恐がってるだけなんじゃないのか?また暴力でもふるったとか。」
「ちげーよ!俺は弱い者いじめはしない!あんなのは弱い者がする事だからな!」
スザクはフンッと鼻を鳴らして顔を反らす。
「なら、彼を呼んで問題ないじゃないか。」
「うッ…そうだけど…」
そうしたらブリタニア人同士の2人に俺はついていけれないかもしれないとはスザクの口からは言えなかった。
「ほら。スザクは恐くないからこっちで一緒に話をしないか?」
ルルーシュの優しい声と笑顔に隠れていた少年も安心したのかこちらへ向かって歩いてくる。
「えっと…君の名前は?」
「私は…ジノ・ヴァインベルグです。」
「ヴァインベルグ家の者か。僕はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。よろしく。」
ルルーシュが差し出した手にジノは慌てて片膝をつき
「し、失礼いたしました。ルルーシュ皇子殿下。」
手を取ると甲に口づける。
「ジノ。もう僕には皇位継承権は無い。だから堅苦しいのは止めてくれ。」
そんなやり取りを見ていたスザクは絵になる二人にズキッと胸が痛くなる。
「ルルーシュ、俺稽古があるからもう行くな!」
「分かった。スザク、彼と少し話をしていて大丈夫か?」
「あぁ〜構わないと思う。父さんに聞かれたら伝えておくから。」
スザクはそれだけいうと足早にその場を後にした。
「ちぇッ。俺だけ仲間外れじゃねーか。」
本当は稽古なんか無い。ただあの場にあれ以上いたくなかった。
「くそッ!」
スザクは胸のもやもやを晴らしたくていつも稽古で走る山へと足を向けた。
「ジノ。その様な事は女性にだけでいいんだ。僕は男だからね。」
ジノは慌ててパッと手を離し頭を深く下げる。
「あッ失礼いたしました。ルルーシュ皇子…
「ジノ。ルルーシュと呼んでくれないか?」
ルルーシュはジノの言葉を遮る。ジノは困ったように眉を寄せ、ひらめいたようにニコッと笑う。
「何度もすみませんでした。ルルーシュ様。」
「んぅ〜まぁそれでいい。日本で僕たち以外のブリタニア人に会ったのはジノが初めてだ。嬉しいよ。父君についてきたのか?」
ジノはルルーシュよりも背が低く金色の長髪に空の色を閉じ込めたような蒼い瞳。
「私は父から必要とされていません。母に追い出されるように連れてこられました。」
寂しそうに蒼い瞳を曇らせる。
「ヴァインベルグ家は名門貴族だ。君は必要とされているだろう?」
「いえ…私は四男なので兄達が後を継ぎます。だから私は不要な人間なんです。」
ルルーシュにはジノの気持ちが痛い程解った。
「君が知っているか分からないけど…僕は母上が庶民の出という事で皇位継承権も低く皇族から疎まれていた。」
ジノはこくんと頷いた。
「テロリストに母上を殺され、妹のナナリーは眼と足の自由を奪われた。皇帝である父に謁見を申し出たが僕の生を否定された。」
一瞬、ルルーシュの瞳に憎悪の色が滲む。
「僕は父を見返したいと思っている。そのためには強くならなければならない。ジノ。君を必要としてくれる人は必ずいる。だからその人の為にも強くならなくちゃいけないんだ。」
ルルーシュの意志の強い紫水晶の瞳にジノは引き付けられて目を反らす事が出来ない。
「大丈夫。君なら出来る。」
「ルルーシュ様、ありがとうございます。」
ルルーシュの笑顔につられてジノも笑みを零す。
「こっちへ。妹のナナリーがいるんだ。」
ルルーシュはジノの手を引き蔵へと向かう。
ジノはその手の温もりに心が満たされ温かくなっていくのを感じた。
「アリエスの離宮や君のお屋敷に比べると狭いし汚いんだけど、ナナリーと一緒ならこんな場所でも立派な家なんだ。」
ジノは明らかに人が暮らす為に造られた物では無いと分かる古びた建物にびっくりした。
「ルルーシュ様はここに住んでおられるのですか?」
「そうだよ。びっくりしただろ?僕も初めて見た時は驚いたよ。」
入口の扉を開けると中は綺麗に整頓されていて外見を感じさせなかった。
「スザクと一緒に大掃除をしたんだ。まだ汚いんだけどね。」
入って。とジノを中へ招く。
「お兄様?」
奥の方でふわふわした茶色い髪の毛を耳の上で2つに結んだ小さな女の子が車いすに座っていた。
「ナナリー、お客さんだよ。彼はブリタニア人なんだ。」
「日本に来て初めてですね。こちらへ来てはもらえませんか?」
ルルーシュ様のナナリー様を見る眼はとても優しくて慈愛に満ちていた。そんな感情を向けられた事の無かったジノにはとても心温まる光景だった。
「ジノ・ヴァインベルグと申します。」
挨拶をしに近くに寄ったジノの手をナナリーが優しく包む。
「ナナリー・ヴィ・ブリタニアです。」
「ナナリー、ジノはお日さまのような金色の髪に、空のような蒼い瞳をしているんだ。」
「まぁ、それは素敵ですね。ジノさんのお顔を拝見できなくてとても残念です。」
ルルーシュに褒められ、褒められる事に慣れていないジノは顔を赤くした。
この兄妹は何て優しいんだろう。自分よりも過酷な状況に置かれているというのに…
二人がお互いを想い合っているのが初対面の私にも分かる。
誰かの為に私も強くなりたい。その時、強く心に思った。
そして、これが私たちの出会いだった。
滞在していた期間ジノはルルーシュのいる蔵へと足を運んだ。
父親はすっかり枢木首相の息子スザクと仲良くしていると思いジノには関心を向けていなかった。
「ルルーシュ様、ジノです。」
蔵の扉をノックすると、中から返事が聞こえ暫くして扉が開く。
「ジノ。僕たちは会いに来てくれて嬉しいけど、君は父君に怒られないのか?」
「大丈夫です。父は他の事で頭がいっぱいですから。」
「そうか。すまない、ジノ。今ナナリーは昼寝をしているんだ。だから、起こさないように外で話をしよう。いいかな?」
ナナリーを起こさないように細心の注意を払いながら扉を閉め、小さな声でルルーシュは問う。
「イエス、ユア ハイネス。」
「ジ〜ノ!」
「あッ!すみません。えっと…分かりました。」
満足したようにルルーシュは笑顔を見せる。
「でも、あまり遠くまでは行けないから…」
ルルーシュは心配そうに蔵に視線を向ける。
「ここでいいですよ。ひなたぼっこできますし。」
「悪いな。じゃあ今日はここで。」
それからルルーシュとジノは二人でたくさん話をした。
ジノはルルーシュの話を聞くのが好きだった。
自分の知らないことをたくさん知っているからだ。
自分と1つしか歳が違わないというのにルルーシュは何でも知っていた。
難しいことから豆知識的な事まで幅広く。
ナナリーにいつも話をしているからだろう、とても分かりやすく声も耳心地良いものだった。
「あッ!そうだジノ。お願いがあるんだ。」
ジノが心地よく話を聞いていると、突然ルルーシュが思い出したように声を上げた。
心なしかルルーシュの瞳が輝きを増しているように感じた。
「な、なんでしょう?私に出来ることなら…」
「ジノじゃなきゃダメなんだ。協力してもらえないか?」
ルルーシュがジノの手を取りぎゅっと握りしめる。
ジノはどんなお願いをされるのか内心びくびくしながら頷いた。
「実は、ナナリーの髪を三つ編みにしてあげたいんだ。以前、ユフィがしていたのを見てとても羨ましそうにしていたから。だけど…やった事無いし不安だからジノの髪の毛で練習させて欲しいんだ。」
真剣な表情のルルーシュにジノは内心ホッとしながらまた頷いた。
「そんな事でしたらどうぞ私の髪をお使い下さい。」
ジノは後ろ頭をルルーシュへと向けた。
「ジノ、ありがとう。もたついても笑うなよ。」
「はい。納得するまで練習に使って下さい。」
ルルーシュは用意していた可愛らしいゴムを取り出すと、ジノの髪を編み始めた。
「んぅ…こうかな?いや…違う。」
編んでは解き、編んでは解く。ルルーシュは唸りながら試行錯誤しているようだった。
「どうですか?」
ジノは遠慮気味に声をかける。
「もうちょっとなんだ。もう少し付き合ってくれ。」
「はい。分かりました。」
ジノはルルーシュに髪を弄られているのは心地よかった。
手入れはいつも侍女たちがしてくれてはいたけど、今まで誰にも髪を褒められた事も無かったしこんな風に構ってくれる人もいなかった。
「出来た!!」
ルルーシュが嬉しそうに言う。
「ジノ、見て。」
ルルーシュが手鏡をジノへ渡す。
ジノは渡された鏡を覗き込んだ。
そこにはちょこんと小さな三つ編みが三つ出来ていた。
「ジノの髪はあまり長さがなかったから、小さいのを作ってみたんだ。どう?」
誇らしげにルルーシュが笑顔を見せる。
その笑顔につられてジノも笑顔になる。
「とてもお上手です。ナナリー様の喜ぶ顔が早く見たいですね。」
「喜んでくれるといいな。」
「絶対に喜んでもらえます!私も…嬉しいです。だから…」
「ありがとう。ジノ。」
そう言って微笑った顔があまりにも綺麗で私は暫く見惚れていた。
「ルルーシュ!」
スザクの声にジノは我を取り戻す。
ジノはいつも偉そうにふんぞり返っているスザクが苦手だった。
無意識にルルーシュの背中へ隠れる。
「あのチビ見かけなかったか?父さんが探してるんだ。」
「ジノならここにいるよ。」
「あッ!お前こんなとこにいたのかよ!お前の父さんが探してたぞ。もうブリタニアヘ帰るんだってさ。」
「えッ…」
ジノはルルーシュの服の裾を握り締めた。
「俺、父さんに伝えてくるから!!」
スザクは父親に伝えるために元来た道を帰って行った。
離れたくない。ルルーシュ様を護りたい。
ジノの中でその思いは強くなる一方だった。
この3、4日の短い間だったがルルーシュと居た優しい時間はジノの中でかけがえのないモノとなっていた。
「ジノ、大丈夫だよ。また会えるから。」
ルルーシュは服の裾を握り締めるジノの手に自らの手を重ねる。
ルルーシュもジノを弟のような存在に感じるようになっていた。
「ルルーシュ様…」
「そうだ。これを君に。」
ルルーシュは首にかけていたネックレスをジノへ渡す。
「これは…」
「僕の瞳と同じ色の石が埋め込まれてるんだ。」
トップのプレートにLelouchの名前が彫られ、濃いアメジストの石が埋め込まれていた。
「大切な物なのでは?」
「大切な物だから君に持っていてもらいたいんだ。大丈夫。僕たち皇族は生まれた時に2つ与えられるんだ。本来の使い方とは違うけど、僕はもう皇族じゃないから将来必要となる事はないし。また会おうって約束の印だ。」
皇族に多いロイヤルパープルの瞳。
生まれた時に瞳と同じ色の石を埋められたプレートのネックレスを2つ与えられる。
本来ならば、将来の伴侶となる者に渡す事となっているが皇位継承権を失ったルルーシュには関係の無い事だったし、捨ててしまおうとさえ思っていたのだ。
でも、会えないかもしれないと分かっていてもジノには自分を覚えていて欲しかった。
「大切にします!そしてまた、ルルーシュ様に会いに来ます!!」
「ありがとう。ジノ。元気で。ナナリーには僕から伝えておくよ。」
ジノは片膝を着き、ルルーシュの手を取ると初めて会った時のように甲へ口づけた。
「ルルーシュ様の騎士にしていただけるよう強くなってみせます!だから…どうかお元気で。」
「楽しみにしているぞ。ジノ。」
ルルーシュはジノの額へ口づけを落とした。
二人だけの大切な大切な約束。
ジノは迎えにきた付き人に連れて行かれた。
ルルーシュの手の中にはジノが服に付けていた宝石をあしらったブローチが残されていた。
それから間もなく日本は戦場となり、ヴィ兄妹が命を落としたと本国で知らされた。
皇族と言っても既に皇位継承権を返上しており、人質同然で日本へ送られた二人の事が公になる事は無かった。
嘘だ!!ルルーシュ様とナナリー様が死んだなんて嘘に決まっている!!
ジノが帰国してまもなく日本は戦場となった。
枢木首相と関わりのあった父から教えられた現実をジノは受け入れる事が出来なかった。
ついこの間約束を交わしたというのに…
こんな残酷な仕打ちがあってたまるか!!
遺体は見つかっていないという…僅かな希望。もしかしたら情報操作だけで本当は生きているかもしれない。
その可能性だけを信じ、ジノは鍛錬を重ねた。
ルルーシュの騎士になることだけを考えて。